お気にめすまま

ブログトップ

<   2006年 12月 ( 18 )   > この月の画像一覧

祝 全快 

一昨日から、夫婦そろって風邪をひいたようで、二人とも食欲がない。

私だけならまだしも、あの主人の口から、食べたくない、なんて言葉を聞いたのは、何年ぶりだろう。
よほど辛かったに違いない。

そんなわけで、ここ二日間ずっとお粥のお世話になっていた。
幸いなことに、我が家では、お客様に毎日朝がゆをお出ししており、たっぷり時間をかけているだけあって、とてもおいしい。
そのお粥を食べているものだから、飽きることなく続けることが出来た。

その間、一度だけ牡蠣の牛乳粥を作ろうとしたが、具を煮込み、いざご飯を入れようとする段階で、ギブアップしてしまった。
臭いがダメだった。

今日になって、幾分楽になってきたので、二人でその牛乳がゆを食べてみた。
美味しいとは思うが、まだ頭の一部が受け付けない。
主人も同じだったようで、
「やっぱりまだだな。」
と少し辛そうだった。

ところが、その舌の根も乾かぬうちに、ちょっと買い物に出かけ、買ってきた物は、チョコレートとヨーグルト、杏仁豆腐。
「病気は食べて直す。」
という誠に都合が良い療法に切り替えたようだ。

そう言う私も、杏仁豆腐か、ちょっと食べてみようかな、という気持ちになってきた。

そして、ついさっき、主人が全快宣言をした。
「外に出たら、焼き肉の臭いがしてた。ふと、美味そうだなと思ったから、全快だ。」

ひょっとしたら、我が家の明日の夕食は焼き肉かもしれない。
[PR]
by iwasomami | 2006-12-13 23:48 | 食べ物

それはないでしょう

「女将さんこれってどう思います?」
そう言って一枚のチラシを持ってきた。
それは、町はずれの新興住宅地にコンビニがオープンしたことを告げるチラシだった。

住所を確認すると、
「いわき市○○土地区画整理区域13-48」と書いてある。
「これってちゃんとした住所でしょうか。」
彼女が疑問に思うのも当然だと思うが、そのチラシには「あなたの街にも堂々オープン」と書いてある。
やはり、キチンとした街のキチンとした住所だと思う。
しかし、あまりの味気なさに、思わず失笑してしまった。

そう言えば最近、非常に短い住所が増えているようだ。
極端な例で言えば、「○○市△丁目×番地」。たったこれだけで手紙が届く住所に遭遇したことがある。

確かに便利かもしれないが、住人達は、その土地を「私の街」として愛することが出来るだろうか。

私が今まで出会った中で一番好きな住所は、
「いわき市田人町旅人字水呑場1」
その住所を見ると、瞬時に過去へとタイムスリップする。

時は夏、笠をかぶり、わらじを履いた旅人が一人。
もうずいぶん長いこと歩いている。
ふと見ると、こんこんと湧き出る清水がある。
ここらでちょっと休んでいこうか。
一口掬って飲んでみる。
その水の美味いこと、美味いこと。(実際その辺りの水は美味しいです)旅の疲れが一瞬にして消えた。

そんな姿が目に浮かぶ

もう一つ好きな住所は
「いわき市豊間字兎渡路」。
たまたまその時兎がさっと跳びだしたのか。
そうなればその土地では兎が非常に珍しく、だから「この路を兎が渡っていたよ」と後世にまで語り継がれてきたのだろうか。
それともそこにはよく兎が出没し、それがちょっとした名所になっていたのかもしれない。
はたまた、兎がよく通る路なので、兎猟の穴場だったとも考えられる。

いずれにしても、どうせ名前をつけるなら、そんなふうに、その土地にあったストーリー性のある地名が良い。

冒頭の地名が、仮の名称であってくれることを祈っている。
[PR]
by iwasomami | 2006-12-11 22:43

適材適所

適材適所という言葉がある。
人にはそれぞれ向き不向きがあり、自分の得意分野で本領を発揮した方が良い、というような意味を持つと思っていた。

ところが、辞書で調べてみると、
「その人の適正や能力に応じてそれにふさわしい地位、仕事に就かせること」
とあった。

これは経営者や、上司に向けての言葉だったことを初めて知った。


集金担当のある銀行員。
真面目で無口な性格らしく、話しかけてもいつも最小限度の答えしか返ってこない。

その人に、100円玉で400枚を含む入金を頼んだ。
50枚づつまるっておいた100円玉が8本、その中には、銀行の機械によって、キチンと包装されているものも含まれていた。

少しでも手伝ってあげようと、銀行で包装されたもの以外を、10枚づつ重ねて用意しておいた。
これで彼も仕事が幾分でも簡単になって、喜んでくれるだろう。

ところがそんな好意を知ってか知らずか、いつものように、一枚一枚数え始める彼。
挙げ句の果てに、銀行で包装したものまで開けて数えている。

少しイライラしてきた。
「どうしても一枚づつ数えなければいけないの?」
と尋ねると、
「たまに数が合わないときがあるので。」
100円玉での間違いぐらい、わたしだったらポケットマネーで・・
「それに、偽造硬貨があるかもしれませんし、もっとも100円玉ではあり得ないでしょうが。」
私もそう思う。
「でも、大丈夫だと思うので、今日はさっと数えて終わりにしたら?」
「そうはいきません、お願いですから数えさせて下さい。」

それから彼は、じっくりと400枚の硬貨を数え終え、帰って行った。

さすがは銀行、適材適所を心得ている。

そんな仕事を見ているだけで、イライラしてしまう私には金輪際、銀行の集金係の職は回ってこないだろう。
[PR]
by iwasomami | 2006-12-10 00:12

予想以上

ちょっとした用事で、主人と出かけた。
時間もあまりなかったので、簡単に素早く昼食ができる店はないかと探していたところ、丁度回転寿司の看板が目に入り、そこに決めた。

そう言えば回転寿司に入ったのは、何年振りだろう、子供達と利用して以来だから、5年振りぐらいになるかもしれない。

常々回転寿司のネタは、値段が値段なのでそれほど期待はしていない。
しかし、いざ席に着いてみると、そこは種類もたくさんあり、見た目もそこそこで、値段のわりにかなり頑張っていると感じられた。
だが、そこまで納得していても、最後までおいしいと感じることができなかった。

安いネタだから、という訳ではない。
たとえば、鯖でも鰯でも高いネタより好きなネタはたくさんある。

結局新鮮さが足りなかったのだと思う。
正直なもので、冷凍技術が悪かったり、活きが下がると、そのものの味がなくなる。
たぶんそういうことなのだろう。

極めつけは馬刺し寿司。これでフニッシュにしようと選んだものだった。
口に入れた瞬間生臭さが口いっぱいに広がった。
失敗したと思ったが、つい勢いで飲み込んでしまった。
さあ、困った、この気持ち悪さを何としよう。
別な物で口を締めようにも、お腹がいっぱいで、できればもう食べたくない

そんな時、大好きなアボガドが乗った寿司が回ってきた。
急いで手に取りアボガドだけを口に。
ん?何だこれは。
アボガドとは似ても似つかない、共通するのはどちらも緑色ということだけの奇妙な味だった。

ああつらい、又何か食べなくちゃ、お腹いっぱいなのに。

結局大量のガリを食べ、お茶で口を清めることで、なんとか立ち直ることが出来た。

新鮮な魚がふんだんにある土地に生まれたことを、つくづく幸せに感じた今日の昼食だった。
[PR]
by iwasomami | 2006-12-08 00:00 | 食べ物

我が道を行く義母

初めて義母に会った時、彼女はロングドレスを着ていた。
いや、ロングドレスというより、もう少し普段着に近いワンピースの長い服といった方が良いかもしれない。

とにかく義母は、他の人が普通あまり着ていないものを着るのが好きだった。

今では珍しい正統派もんぺを街着にしたり(それを義母は大島紬で作った)、薄綿を入れた袖のない羽織、たくさんの綿を入れ、長めに作った前袷の半天など、そんな服をさらっと着こなすのが上手だった。

そんな義母が、孫達を放っておくハズがない。

初めての女の子が生まれてまもなく、どこそこの風習だとか言って、娘の頭をこけしのようにしてしまった。
ビンコだけを残し、同じ長さに短く丸く切りそろえられた娘は、どこから見てもこけしそのものだった。

こけし娘を連れて町に出ると、多くの人が必ず振り返った。わざわざ声を掛けてくる人までいた。
そんな反応が恥ずかしいやら、嬉しいやらで、義母の気持ちが半分だけ理解出来た。


また義母は、息子が保育園の時、一枚の服を作ってくれた。
通園服が自由なのを良いことに、またもやもんぺを作ったのだ。
紺色の絣のもんぺを着せられた息子は、まるで小さな忍者のようで、そんな姿で園内を走り回る息子は、親ばかのようだが、何とも言えずに可愛かった。

これは全く義母の作戦勝ちだったと思う。

そのうち義母は、とうとう私までその手に掛けようと思いたち、ある日チャイナドレスを買ってきた。
最初は辞退していた私だが、そのうちふとその気になってしまい、短い間だけだったが、それが旅館での私の制服となった。
全く、若気の至りとしか言いようがない。

そんな義母も今年で83才になる。
今でも現役の義母は、相変わらず彼女なりのおしゃれを楽しんでいる。

そんな義母のお陰で、我が家のアルバムには、他家には見られないような変わった写真が残されている。
[PR]
by iwasomami | 2006-12-06 21:43

情けない

突然、今の総理大臣の名前を忘れてしまった。
小泉じゃないし、森でもない、橋本、小渕etc だめだ、出てこない。

得意のア行、カ行・・といった記憶覚醒法も試してみたが、どの行にも引っかからない。
こんなハズはない。
頭の中で、五十音が渦を巻く。

その間約30分、何度諦めようとしたことか。
辛い、情けない。でも頑張った。
だって、アハ体験でも言っているじゃないか、思い出す行為も大事だって。

しかし結局ギブアップ。
悔しいけれど、とうとう主人に聞いてみた。
「ねえ、今の総理大臣の名前知ってる?」
「知らない」
なんと即答だった。
ちょっと嬉しかった。私だけじゃないんだ、という安心感でほっと胸を撫で下ろす。
「えっ、本当に知らないの。」
「うん、安倍なんて言うか忘れた。」
なんだ、知ってるじゃないの。
何となく置いてけぼりをくったような気がして、一層気が滅入ってしまった。

そうでなくとも、今日はお客様と会話をしていて、ちょっとショックなことがあったばかりなのに。
そのお客様の奥様と私の名前が同じだという言葉を受け、とっさに、
「そうですか、それは近親感を覚えますね。」
と答えた。
言ったとたん、何か変だと感じ、すばやく頭の中で繰り返してみた。
近親感、きんしんかん、しんきんかん、親近感、そうだ、親近感じゃないか。

そのお客様が気づいたかどうか解らないが、そこには一人顔を赤くする私がいた。
[PR]
by iwasomami | 2006-12-05 23:36 | こんな私

コマーシャル効果

テレビをつけると毎日何百ものコマーシャルが流れている。
中には番組よりも面白い、というか感動すら覚えるものもあるが、その大半はただ番組と番組のつなぎとして漠然と見ているに過ぎない。

しかし、傍目には真剣に見ているように写るらしく、よく主人に「今のは~だよね」などと話かけられることがある。
「ごめん。見てなかった。」
と答えるが、確かにその時私はそのコマーシャルを見ていたのだ。

当初、主人は私に無視されたと思っていたようで、ちょっと面白くない様子だった。
そんなことが度重なると、さすがに私も申し訳ない気持ちになるが、「ごめんね、本当に見てなかったの」
そう答えるしかなかった。

物を見るということは、実際に目で見るだけでなく、心で見なければ、見ていないのと同じなのだと、コマ-シャルによって気づかされた。

そんな風に、無意識で宣伝を見ているので、スーパーに行っても、商品とコマーシャルとが結びつかない。
時に、何気なく買ってきたものが、実はいま盛んに宣伝されている最新のものだったりする。

そもそも私があまり新しいもの好きではない、ということも、コマーシャルに無関心な要因かもしれない。

しかし、潜在意識というものがある。
たとえ無意識であろうとも、繰り返し目で見、耳で聞いているうちに、いつの間にか、それは自分の知っている物となってゆき、それはやがて安心に代わってゆく。

たぶん、私達は知らず知らずのうちに、コマーシャルに洗脳されているのだろう。

最近、心の問題解決の為のコマーシャルが流され始めているが、少しずつでも効果が出てくることを期待している。
[PR]
by iwasomami | 2006-12-04 00:25

真相は闇の中

子供の頃、母はよく私達兄弟の服を作ってくれたものだった。
そして、4人兄弟の中のたった一人の女の子だった私は、誰よりもたくさん作ってもらった。

その中で、今でも忘れられない服が3着ある。
一着は、これ以上ないほど女の子らしいヒラヒラがいっぱいついたワンピース。
しかし、この服を着た思い出は残念ながらない。
それは写真の中だけにある思い出の服だった。

写真の中の私は、クリクリのパーマをかけ、精一杯背筋を伸ばし、まっすぐ前を向いている。
数ある写真の中でも一番のお気に入りである。

そしてもう一着の服は、エンジ色のアロハシャツ。
よほどこの柄が気に入ったのか、あるいはとても安く手に入ったせいなのか、母は子供全員のアロハシャツを同じ生地で作った。
そして、お揃いの麦わら帽子に同じ生地で飾りを付け、悦に入っていた。
その頃ショートカットにしていた私は、半ズボンをはかされ、まるで男の子のようだった。

最後の一着はスカート。
ウエストにゴムの入った茶系の花柄のスカートで、気に入っていつもはいていた。

ところがまもなく、母のもったいない精神のお陰で、そのスカートのランクは一気に下がってしまった。

当時、テレビはとても高価で、何処の家にもあるというものではなかった。
幸い我が家では比較的早くテレビを買った為、夕方になると近所の子供達がこぞってテレビを見にやってきた。

それほど高価なものだったので、大抵それは床の間に置かれていた。
そして、テレビ専用のカバーなるものまであった。
こともあろうに、そのカバーを私のスカートの余り切れで作ってしまったのだ。

ショックだった。
スカートとテレビカバーが同じ生地だなんて、幼心にプライドが許さなかった。
それ以来、友達がテレビを見に来ている間、私はわざわざスカートを履き替える羽目になった。

しかし最近、あることに気づいてしまった。。
幼い私のスカートよりも、テレビのカバーの方が断然多くの生地が必要だったのではないか。

ひょっとすると余り布で作ったのは、私のスカートの方だったのではあるまいか。
[PR]
by iwasomami | 2006-12-02 00:37