お気にめすまま

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おしかけ従業員

どうやら近所の猫達は、我が家を第2の住みかと、決めてしまったようだ。。
しかも、ひょっとしたらここが旅館であるということも、うすうす感づいているかもしれない。
そして、あわよくば、従業員としての地位を確立しようと企んでいるに違いない。

今朝も、お客様のお帰りの際、私達と一緒に神妙な顔つきで、お見送りをしていた。
尤も、次のお客様がお帰りになるときには、足をだらーっと広げ、非常にはしたない格好で毛繕いなどしていたが。
まあそれも、まだ幼く、不慣れである故と思えば致し方ない。

従業員達の昼食時には、出来ることなら一緒にお食事したいとでも言いたげに、キチンと足を揃え、入り口のところでたたずみ、小さな声で何か話しかけてくる。

ああだめだ、すっかりカワイイと思ってしまった。

でもダメ、雇えないよ。
当旅館では、最小限度、自分でおしりの始末が出来ない者を、従業員とは認めていないからね。
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by iwasomami | 2006-10-31 23:51 | 動物系

マメ子

幼い頃から、豆が好きだった。
それが高じて、家族の人達からは、「マメ子」と呼ばれていた。
ピーナツから始まり、空豆、枝豆、エンドウ豆、とにかく豆と名がつく物は全て好物である。


その仲間に、柿ピーがある。
私の好みから言えば、同じピーナツの中でも、バターピーナツのランクはやや下位に位置するが、柿の種とのコラボレーションにより、それは一気に上位に浮上するのだ。
しかし、それを一層おいしく食べる為には、多少の推理力と、計算力を要する。

袋を開けて、先ずさっと中の様子を伺い、柿の種と、ピーナツの割合を瞬時に判断しなければならない。
同じメーカーなら、その割合が同じかと言うと、意外とアバウトなものなのだ。

ベストな割合は、柿の種4コに対し、ピーナツ1コであるが、その内容によっては、不本意ながら3:1、又は5:1になることもある。

テレビを見ながら、せっせと4:1の柿ピーを口に運ぶ。
もちろん手探りで選り分けることは難しいので、テレビに目をやるのは、口に入れてから、次が来るまでの間に限られてしまう。

そんなわけで、柿ピーに字幕付きの洋画は合わない。
内容がほとんど解らなくなってしまうのが落ちだから。


出来れば、メーカーにお願いして、「4:1柿ピー」なるものをを販売して欲しい。
そして、そばに助手をおき、、食べ終わる頃を見計らって、さっと4:1柿ピーを出していただければ、この上ない喜びである。
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by iwasomami | 2006-10-30 00:12 | こんな私

秋だから

20年もの間ロングヘアーだったのをばっさり切ってしまったのは3年ほど前のことだった。

その新しいヘアースタイルが、自分では結構気に入っていた。
ところが、まわりの人達からの評判はすこぶる悪かった。
「髪、切っちゃったんですか、長い方が素敵だったのに。」とか
「大丈夫ですよ、すぐ伸びますから。」とか。

素敵だと思ってくれていたなら、なぜ切る前に言ってくれなかったのか。
息子は息子で、顔を合わせるや否や、にやりと笑い、コメント無しだったし。

あれから3年。
今再び髪を伸ばそうとしている。
鏡を見るたび、少し雰囲気が変わったかなと自己満足している私がいる。

さあ、次は洋服だ。
珍しく衝動買いして、ひらひらのスカートを買ってきた。
ところが、上に何を合わせたら良いかさっぱり解らない。暫くおしゃれから遠ざかっていた間に、ファッションセンスがゼロになってしまっていたらしい。。
手持ちの物ではどうにも合わせられず、娘の帰郷を待って、アドバイスを頂戴し、セーターを買ってきた。

それを着て、いざ、お買い物に。
不思議なことに、こんなちょっとしたおしゃれをしただけで、気持ちが浮き浮きする。

まるで独身の頃に戻ったようだ。


勿論気持ちだけだけど。
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by iwasomami | 2006-10-27 23:36 | こんな私

やがて辿る道

前回ブログに書いた、老人から赤ちゃんへ、人生真逆説の追加です。

私には数年前亡くなった祖母がいた。
時々、私の手の甲をつねり、その後自分のしわくちゃの手をつねって、皮膚の張りの無さを比べ、あきらめの表情を浮かべるのだった。
そして70才を過ぎた頃からは、
「夜眠るとき、果たして明朝目が覚めるだろうかと毎晩考える。」
と言っていた。
そして、ご多分に漏れず、長患いしないようにと、毎年「ころり観音」にお参りをしていた。

その頃の私は勿論、若さにあふれていて、そんな話を笑い話のように、聞き流していた。
また、足が痛い、腰が痛いと言われても、その痛みがどれほどのものなのか、思いやることもできなかった。

その時、もし私がその痛みや、悲しみを体験していたら、もっと優しく手をさしのべる事ができたはずだ。

大抵の老人が恐れているのが、ボケ老人になって、家族に迷惑をかけるんじゃないかということだろう。
人生真逆説なら、そんな状態になっても、一日、一日と頭が冴えてくる。
先の見える苦しみなら、本人も家族の人達も辛抱出来るに違いない。

常々思うことだが、お年寄りとは、たくさんの痛みと、不安を持って、それを我慢しながら生きているんですね。
若返ることが無理ならば、せめて年と共に痛みの神経が鈍くなっていきますように。

そして私は、自分のノドをつねり、その張りの無さにため息をつき、それでもあきらめきれず、せっせと化粧水をたたき込むのでした。
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by iwasomami | 2006-10-26 00:01

もしも

韓国映画「おばあちゃんの家」を見た。
一人暮らしのおばあちゃんの家に預けられた男の子が、徐々に、彼女の優しさに気づき、本人も思いやりのある子になってゆく、というストーリー。

内容はともかく、おばあちゃん役の俳優が良かった。
ほぼ90度に曲がった腰、表情の少ない顔、ゆったりとした動作、昔よく見かけた、まったく自然体のおばあちゃんがそこにいた。
彼女は、体のあちこちの具合が悪そうだが、当初孫は、その辛さを思いやることが出来ずにいる。

良く思うことだが、人間はなぜ赤ちゃんで生まれ、老人で死んで行くのか。
これは逆の方が断然良いと思う。
生まれたときは老人で、やがて赤ちゃんになり、命を終えるのだ。

子供、もしくは成人は、昔自分が老人だったことを覚えていて、どうすればお年寄りが喜ぶかを知っており、適切な手助けができる。

そして、お年寄りは日一日と体力がつき、若返る喜びがある。昨日まで出来なかったことが、今日はできる、こんな嬉しいことはない。

最後は、赤ちゃんになって誰かの手を借りるようにはなるが、かわいらしい表情で、決して憎まれ口はたたかず、世話をする者の気持を和ませるだろう。

私が神様だったら、絶対そうする。
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by iwasomami | 2006-10-23 23:41

赤ちゃんを見たら

今朝早く、姪に子供が生まれた。
まだ会いに行ってはいないが、写真で見る限りでは、しっかりした顔立ちのかわいい赤ちゃんだと思う。

そんな事もあり、娘が生まれた時に思いを馳せた。

娘が誕生する数ヶ月前に、甥が生まれていたが、その子がまた大変かわいい子だった。
そのせいか、私にもきっとかわいい子が生まれるに違いないと思いこんでいた。

そしていよいよご対面。

口を大きくあけて、ビャーと泣く、とても元気な赤ちゃんだった。
早速、両家の母が連れ立ってお祝いに駆けつけてくれた。
「丈夫そうだこと。」
「なんて色白な子だろう。色白は七難隠すというからね。」
「真っ黒でふさふさした、良い髪だこと。」

ん?変だ.
二人ともカワイイって言ってくれない。
赤ちゃんにはつきものの、一番無難な褒め言葉が何故出ない?。

その後、次々に来てくれた従業員達の口からも、とうとう「カワイイ」という言葉を聞くことはできなかった。
極めつけは、1日遅れで来てくれた義父の一言。
「なんだ、かわいいじゃないか。」
その一言で、みんなが家で、娘のことを何と言っているのか、全部解ってしまった。

「とんでもない子を産んでしまった。」
私は、娘が不憫で、あふれる涙をこらえる事が出来なかった。

それからだ。赤ちゃんを見たら、何が何でも「かわいい」と言ってあげようと、心に決めたのは。

その後、娘は色白が七難を隠してくれ、なんとか素直に育ってくれている。
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by iwasomami | 2006-10-21 23:50

これも老い?

ドラマなどで、人がガラスにぶつかるシーンがある。

大概、急いでいる時や、よそ見をしている時、考え事をしている時、と相場は決まっている。(逃げる時、自ら飛び降りる時、という場合もあるが。)

だが、ごく希に、それ以外のシチュエーションでぶつかる時もある。


昨日私は、隣の部屋へ行こうとして、ガラス戸に顔面をぶつけました。
別に急いでいたわけでも、考え事をしていたわけでもなく、ましてや、誰かから逃げていた訳でもありませんでした。
コツンとぶつかって、初めてガラスの存在に気づきました。
部屋が薄暗く、しかもそれが仕切りのない一枚仕立てのサッシだったという事が、原因だったかもしれません。
ゆっくりぶつかったので、これといった痛みもなく、ただ、いつもそこにあるガラスにぶつかったという、心の痛みを感じました。
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by iwasomami | 2006-10-19 23:29 | こんな私

これからの課題

最近世間では、「アハ体験」とやらが話題になっている。
何だろうと考え、ああそうなのかと解った時、又はその課程が大事で、頭の活性化に非常に有効だという。

徐々に変わってゆく画像を見て、さあ何処が変わったでしょう、という問題がある。
自慢じゃないが、未だかつて正解した例しがない。

考えている過程も大事といわれれば、やって良かったのかもしれないが、テストの後、胸に去来するのは、空しさと、不安と、敗北感だけ。

「ど忘れ」この言葉を今まで何度口にしただろう。
この言葉は、物忘れがひどくない時にこそ使える言葉だと、最近しみじみ思う。
ほとんど覚えているのに、そこだけ忘れてしまったとき、「あ、ど忘れしちゃった」と軽く答える。
それが正しい「ど忘れ」のあり方だと思う。

それなのに、今の私ときたら、数え切れない「ど忘れ」の群れの中から、やっとの事で記憶を探し出している有様。
だから、普段忘れている言葉が、何かの弾みでふっと口に出ると、思わず自分を褒めてあげたくなる。

年を取るとは、「ど忘れ」との戦いだと思う。
これからは決してめげずに、「アハ体験」に真正面から立ち向かって行こう。
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by iwasomami | 2006-10-17 23:59 | こんな私

今度生まれて来るときは・・

娘と主人と3人で、女性「美」について話し合った。

娘曰く、
「美人は、ややもすると、冷たく感じられる為、性格が悪いと思われがちだが、そんな事はないと思う。少なくても私の周りの美人は、たいてい性格も良い。」

主人曰く、
「美人は、幼い頃から、カワイイと褒められて育つので、性格がひねくれず、素直に育つと思う。」

私曰く、
「給料に例えると、美人は、それだけで基本給が高いという事だと思う。そうでない人は、美人の基本給まで達するのに、努力が必要になる。」

結論:美人は得である。

娘よ、美人に産んであげられなくて、ごめんね。
でも、美人じゃないけどカワイイと、母は信じてますから。
美人の基本給に追いつくまで、どうぞ愛嬌でカバーして下さい。
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by iwasomami | 2006-10-15 20:47 | Family

私的人相学

未だかつて、サングラスというものをかけた事がない。
サングラスを素敵にこなしている人に、あこがれは覚えるが、そうそう身の回りにいるというわけでもない。

最近見た「チャーリーとチョコレート工場」という映画で、出演者全員が大きな丸いサングラスをかけている場面があり、そこであることに気づいた。

鼻の形が思いの外、その人の性格を表しているのではないか、という事。
主役のジョニーディップからは、非常に女性らしい感じを受けたし、準主役の子役は驚くほどおじさん臭く、ふてぶてしさすら感じられた。

人相学に於いては、よく鼻の形について云々言われているが、目を隠す事によって、これほど露わになるとは思わなかった。

性格を表す順位としては、目、口、鼻の順かと思っていたが、ひょっとすると、口と鼻の順位は入れ替わるかもしれない。

しかし、目や口は、その人の意志で多少変える事が出来るが、鼻ばかりはそうはいかない。
もしかしたら、鼻が一番その人の本質を表しているかもしれない。

あれ以来、他人の鼻が気になってならない。
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by iwasomami | 2006-10-14 00:43